2002/10/03
フェジョン
前節に勝利したからか、または次節が強豪スポルティング・リスボンをホームに迎えるからなのか、皆で昼食をとった。
木曜日の午前練習後に選手と監督、現場スタッフ、クラブの役員が皆でレストランに集まりブラジル料理を食べたのだ。ここはブラジルに数年住んでいたことのある夫婦が始めたピザ屋で、フェジョアーダなどのブラジル料理も出すらしく試合後の夜にはチームのブラジル人が家族総出で集まっているという事だった。そういう事もあり今回はチームに5人いるブラジル人が中心になって皆を集めてくれた。かまどで焼いたピザトーストや海鮮リゾット、久しぶりに食べたブラジルの豆料理フェジョンなどがとても美味しかった。
今週のスポルティング、その次のベレネエンセスとの対戦後に2週間の間があるのでそのタイミングでの復帰を目指して現在はリハビリを続けている。
2002/09/11
旧市街
ブラガに来てから早くも1ヶ月以上の時間が流れた。
7月末の膝の怪我の影響でリーグ戦開幕後も別メニューを続けている。開幕に間に合わせようと復帰をあせった時期もあった。しかしチームドクターやフィジオセラピストと相談し完全に良くしてからの復帰を目指すことにした。
3週間ほど過ごしたセンター街近くのホテルからマンションに引越し車も手に入れて普段の生活はすっかり落ち着いてきているが、毎日続く午前午後あわせて7時間以上のリハビリに拘束されて割と忙しい日々を送っている。ノーマルな練習も日本のチームに比べて比べてもかなり長めの2時間半。リハビリの選手は毎日他の選手より1時間早く来て約1時間半ほどの電気治療を受けるため必然的に練習場にいる時間も長くなる。8月のほとんどの時間をリハビリに費やしてしまったが、復帰する時に怪我前よりもコンディション的に強い状態で迎えられるように今は前向きにリハビリを続けようと思う。
旧市街であるセンター街を仲の良いスペイン人選手のアリエッタと何度か買い物がてらに歩いてまわった。落ち着いた綺麗な街と中心にある噴水広場のカフェを気に入っている。
2002/08/04
ブラガから
日本語だと一つ一つ別の意味を持ってしまうが、スペイン語では「命」も「人生」も「生活」も「la vida」である。日々生活を楽しく過ごす事が人生を楽しく過ごす事であり、日々生活を充実させることが自分の限りある命を充実させる事であるという気持ちになるから僕はこの言葉が好きだ。
昨年、1年間の海外でのプレーに協力してもらう事を条件にしてJEF市原と契約を結び南米へと渡った。 今回のスポルティング・ブラガへの移籍では、マスコミを含めほとんどの人に国際移籍をする経緯・システムが知られていなかったため沢山の誤解を生んでしまったと思う。誤解を少しでも減らせればと思い書くが今回までにJEF市原フロントとの数回の話し合いの中で結論としていつも出ていたのは、自分が海外クラブに所属した時にそのクラブの所属する国のサッカー協会から日本サッカー協会に要請する国際移籍証明書がそのクラブに届くのか、もしくはJEF市原の主張を理由に日本協会内で止められるかと言う事だけだった。
その互いの主張に白黒がつけばお互いに結果は問題は無いという互いの認識を確認して自分は1月に南米に渡った。新聞等の報道で誤解されている方も多いかもしれないがその後ブラジルのスポルト・レシフェと契約した際にそこまで事態が到達しなかったのは国際移籍証明書発行依頼に必要な自分のブラジルでの労働ビザが、所属クラブの経営状態等の影響で下りなかったためである。
その後パラグアイのクラブチーム、リバー・プレートに所属し国際移籍証明書依頼がパラグアイサッカー協会より日本サッカー協会に行った後、国際移籍証明書がパラグアイサッカー協会に無事届いた。それを受けてヨーロッパへの移籍を視野に代理人に複数チームとの交渉をしてもらい現在のスポルティング・ブラガとの1年契約したという状況になった。現在はポルトガルから国際移籍証明書の発行依頼も出ていてその到着を待っている状況である。
大雑把に状況を書いたがすべてを書こうとすると文章で表すには言葉が足りなくなってしまい、また更なる誤解を生む可能性もあるので現在の状況ではっきりしている部分を書いた。いずれ今回の推移をきちんと説明できる機会があればよいと思う。JEF市原との移籍交渉、またはその後の話し合いでは常にお互いの状況・考えを理解しあえていたと思うし、自分が市原というチームに対してどういう思いがあるかはJEF市原に伝わったと思っている。ただ契約として成り立たなかっただけなのだが数度と市原の社長や強化部長に話し合いの場を持ってもらえた事に感謝している。
現在スポルティング・ブラガに合流して1週間が経とうとしている。スタッフやチームメイトの中にスペイン語を話す人間が何人かいるおかげですぐに昔からのチームメイトのようになじむことが出来た。日本とも南米ともまた違う雰囲気があるが、古い建物の多いこのブラガの街もからりとした気候も気に入った。とにかく今は自分のプレーをアピールする日々である。また昨年のように日々の出来事、チームメイトとの事、試合の事などをここで報告できるようになれば良いと思う。
2002/06/14
アルビロッハ
スペイン対南アフリカの中継に裏のパラグアイ対スロベニアを交えて放送していた試合を観た。決勝トーナメント進出チームが勝ち点と得失点差によって決まると言う状況で、実況もどちらかで点が入るたびに勝ち点と得失点を計算して順位を予想すると言う忙しい展開の試合だった。結果的に前半に一人退場者を出して0-1で負けていたパラグアイが逆転勝利でスペインと共に決勝トーナメント進出を決めた。それほど沢山の試合を観れていた訳ではなかったがこの試合は今回のワールドカップの予選で観た中でももっとも観応えのある面白い試合だった。
セロでチームメイトだった選手が活躍した事も嬉しかったが、パラグアイ人の不屈の姿勢とそれがもたらした最終的な結果に何かを教えられたような気がした。
翌日にはブラジルがコスタリカに大勝して予選リーグ3連勝に。街ではいよいよカナリア色のユニフォームが目立つようになった。
セロでチームメイトだった選手が活躍した事も嬉しかったが、パラグアイ人の不屈の姿勢とそれがもたらした最終的な結果に何かを教えられたような気がした。
翌日にはブラジルがコスタリカに大勝して予選リーグ3連勝に。街ではいよいよカナリア色のユニフォームが目立つようになった。
2002/06/07
国内リーグ
ワールドカップが開幕した。街で見られるブラジル国旗はいよいよその数を増やしショッピングに行けば応援グッヅがこれでもかと言うほど売っている。初戦を逆転勝ちでスタートしたセレソンを応援するブラジル国内はまさにワールドカップ一色だ。
そんな中でもクラブチームは並行して国内リーグ(おもに州リーグ)を週に2試合のハイペースで行っている。ひいきのチームへの注目はワールドカップ中も変わらず、ライバル同士の対決となるクラシコでは代表チームのことなどどこかに行ってしまったような熱狂の応援ぶりでチームを煽る。
サポーターはチームが常に攻撃的であることを望んでいる。ワールドカップはここブラジルでももちろん全試合が生中継されているが、放送は夜中から朝にかけてなので午前中に練習がある時は見たい試合を見る事も
ままならないのが残念だ。
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