2001/08/09

4連戦


 アウェイでの試合が終わりセロへバスで帰る道のり。4輪駆動のパトカーと白バイ数台に誘導され、赤信号や渋滞にかまわずセロまでの道を猛スピードで突き進んでいく。下手な救急車なんかよりよほど早く目的地まで着けるだろう。けたたましいサイレンで近所の住民はセロのバスが通って行くのを知り、皆が道路まで顔を出し
声援を送ってくれる。窓から手を振る人、車から身を乗り出す人、皆がいつもの事のようにバスを見送ってくれる。
ひどい内容の試合の時は危険を避けるためにカーテンをすべて閉じてしまうこともあるがそんな事は稀だ。アウェイの地でプレーをし勝ち点を得てバスに乗る。セロに着くまでにまた次の試合への意欲が湧いてきて、体の疲れも心地良いものに変わってしまう。

 後期開幕戦の対リベルタの試合はスタメンで出場し調子自体良かったものの翌々日に控えたメルコスール杯に備えるために後半10分ほどで交代。1-1の引き分けに終わった。先週の月曜日から約10日間のコンセイトレイションが続くことになり、いい加減セロでのご飯にも飽きてきたが体と気持ちが1試合1試合に集中していくのを感じる。

 メルコスールホーム初戦となる対カトリカ戦は2-0の勝利。久しぶりにノーマルな右サイドで出場したが、90分集中を切らさずにプレーすることが出来たと思う。リーグの開幕戦から1日しか空かなかったためさすがに終盤は少し疲れたがどうしてもとりこぼせない勝ち点3を得る事が出来て良かった。

 来週は代表の南米予選対ブラジル戦があるため久しぶりにOFFもあるはずなので金曜日のサンロレンソ戦にも勝ち良い状態でこの10日間の4連戦を締めくくりたい。

2001/08/03

ボンボネーラ

 セロ・ポルテーニョとの5ヶ月間の契約延長が決まった。チームは現在メルコスールカップを戦っている最中で今残ったとう事は大きなチャンスだと思う。初戦のボカやヴァスコなど強豪とのホームアンドアウェイは凄く楽しみだし勝ち抜けばさらにチャンスは増える。リーグ戦も後期優勝を果たし完全優勝を達成しなくてはならない。

 市原に戻るという選択肢もあったが、いろいろなシチュエーションを考えた末にチームには海外でプレーを続ける事を希望すると伝えていた。市原のユニフォームを着て5年間120試合以上を戦ってきた事を自分の拠り所として
常に全力でやって来た訳だが、まだまだもっとやれると思う。日本で応援してくれている人達の前でプレーできないことは残念だが、こちらでの活躍でそれに答えるしかない。

 いろいろな人に助けられてこっちに来て、ここではまたいろいろな人に助けられ励まされサッカーをして、そんな中でチームメイトとレギュラー争いをしながら試合を戦う。手を抜ける瞬間は無いし、日々全力を尽くすだけ。それだけが今やれる事だ。

 ボカ戦は途中出場で0-0の引き分けに終わったがアウェーでの大会初戦ということを考えるとまずまずの結果だったといえる。次節ホームでのチリ・カトリカ戦は負けられない。

2001/07/22

冬休みへ

 寒さとの戦いと書いたはずが、ここのところ暑さとの戦いになっている。日本へ旅発つ前はコートを必要とする寒さだったのに今は半袖短パンでも暑いくらい。またすぐに寒さが戻ってくるらしいのだけれど、どうも調子が狂ってしまう。道端でフルーツを売っている人たちの手には今まで見たことが無かったイチゴがのるようになったので確実に季節は変わっているようだ。

 今週はいろいろな予定が次から次へと変わり、予定されていたブラジルのチームをを含む5日間かけての遠征は直前に中止されて結局シウダデレステへの日帰りの試合だけとなった。もう1日10時間のバス旅行にも驚かない。予定がころころ変わるのは慣れっこだけれど、次の試合が無くなったというのを前日の夜に聞くのはコンディションの面で気を使う。

 試合のほうは格下の相手に2-1の勝利。コパアメリカで代表選手が5人いないのでスタメンをアピールするのに大事な試合だったが、まずまずの出来だったと思う。契約は7月31日までで8月1日のボカ戦は含まれていないが、契約が更新されるのならば絶対に出場したい試合だし、そのチャンスも大きい。この時期は契約が切れる選手も多く急にこなくなる選手や新たにやってくる選手でチーム状況は慌ただしいが、試合が無いなりに良い緊張感が保たれている。

 来週からは代表の5人も戻り、チームはメルコスルカップに突入する。

2001/07/12

帰国


 セロの前期リーグ優勝とキリンカップでの帰国、そして束の間のオフはあっという間に過ぎていき再びパラグアイへ帰ってきた。半年という短い期間だったのでそれほど久しぶりには感じなかったが、改めていかにパラグアイでのんびりといろいろなギャップの中で生活していた事を思った。友人や家族とも会うことが出来て、短いなりに日本での滞在をエンジョイしたが、市原のチームにはタイミングが合わず顔を出すことは出来なかった。しかしこの間にあった札幌での試合もVゴール勝ちと連勝中。自分も負けられないと思ったのと同時に凄く励まされた。

 パラグアイとユーゴスラビアとの試合に出られなかった事は残念だったが、こればかりは今更何を言ってもしょうがない。代表で試合に出るためのスタートを切れた事は確かだと思うし、短い合宿と練習で得るものもあった。今回の日本代表入りに関して、高校を卒業してプロの世界に入り約5年半支えて応援してきてくれた多くの人たちに感謝したい。

 パラグアイではすぐにまたアピールの日々が始まる。南米No1を決めるもう一つの大会「メルコスルカップ」と後期リーグが始まるが、特にメルコスルカップは所初戦が南米王者ボカとアウェイでその後もヴァスコやチリのチームとの予選リーグが控えていてリベルタドーレス同様最高の舞台だと思える。セロとの契約は7月31日までなのでその後のことはまだ未確定だがとりあえずボカとの初戦に照準を合わせ、そこで結果を残したい。

 そして一つ一つ結果を残し積み重ねてまた次のステップを踏まなければならない。まずは時差ボケと寒さと戦いながらのコンディション調整だ。

2001/06/20

決勝戦

 準決勝のリベルタ戦は1-0、2-1で勝ち抜きついにセロは前期のリーグチャンピオンを決める決勝戦まで駒を進めた。アウェイの第2戦には後半10分から出場する事が出来たので、ひたすら走りボールを受けた。右サイドに入ったものの退場者が出てすぐに左サイドへ、最近は左でのプレーも要求されるが、今は出られればどこでもやる。決勝戦でプレーするためにもアピールが必要だった。

 土曜日の決勝戦のために木曜日からコンセントレーションに入ったが、ルケーニョやリベルタはここ数週間ずっとコンセントレーションしているらしい。ホームとはいえセロから300キロ離れたシウダデレステにはホームの利は無いが、ルケのスタジアムでのアウェイ戦を考えると2-0以上の勝利が優勝への条件だった。内容はあまり良くないもののPKとゲーム終盤の2ゴールで3-0の勝利。3点目のアシストの際に膝をスパイクされて試合後に数針縫う事になったが、次の日曜日は問題無いだろう。優勝へ向けて良い状況でアウェイに乗り込める。なんとしてでもセロでチャンピオンになりたいし残る1試合で活躍して結果を残したい。

 試合後のアスンシオンへのバスは毎度の事ながら、飲めや歌えの大騒ぎでとても眠るどころでは無い。大事な勝利の後はバスにながれている映画もそっちのけで数時間を騒ぎまくる。それだけ皆で試合に気持ちを持って行っていた訳だし皆で勝利を分かち合いたいのだと思う。それでも眠い人は眠い。

 半そで短パンだった先週から、今週はセーターにコートの冬の季節がパラグアイにやって来た。